夫婦関係がうまくいかなくなると、互に感情的になるし、言葉がきつく攻撃的になりやすいものです。
こんなとき、私たちの人格の根本が問われているのです。自分の感情を律することを習得した人物はたいしたものです。人間は心が傷つけられたら、必ず仕返しをしたくなる。その応酬が始まれば悪循環を招き、事態は最悪の結末へと進んでいきます。
真の愛情と言うものは、許し難い者を許し、愛し難い者を愛することである。そのような絶対愛の世界を、キリスト教では「神の愛」、仏教では「慈悲」、儒教では「仁怒」といって、人間の求めるべき究極的な目標としてきました。
私たちがある人を愛せなくなるのは、その人から何らかの形で傷つけられたことがある場合か、その人物に嫌悪感を抱いている場合です。相手からの誠意ある謝罪がない限り恨みとなり、「許せない」という感情は消えません。
「許せない」という感情が残っているから、容易に「愛せない」のです。それを越えるのは並大抵のことではありません。
しかし、結婚生活の中で、一度もそのような深刻な葛藤に直面しない人は、めったにいないのではないでしょうか。恋愛結婚であれ、見合い結婚であれ、いかなる形の出会いであれ、結婚生活を始めれば、相手のいやな面を数多く見ることになります。
夫婦のどちらかが、許せないという感情を越えて、まず最初の愛の行動をとればいいのです。そのとき、今まで、左回りばかりに回転していた歯車が右回りに回転し始める。愛してくれたことが嬉しくて尽くしたくなる。すると、また、尽くされたことが嬉しくて愛したくなる。
お互いが、相手のために尽くし合う「真の愛の世界」が生まれてくる。それはもはや恋愛の愛ではない。もっと深く、もっと永遠のもののような気がする。この愛こそが私たち夫婦・親子を強く硬く結んで幸せに導いてくれるものに違いありません。
夫婦が本当に心から尊敬し合い、愛し合うことができるようになるには、そのような本物の愛を摘み取っていかなくてはならないのではないでしょうか。
「うまくいく夫婦仲の法則」P142〜P144

Bottled Sky / icedtia
まったくその通りです!
意地を張っても何の得もありませんし、もしもかりに、その意地の張り合いで勝ったとしても、少しも気持ち良くなんかないと思います。
そして相手ではなく、自分が変わっていかなければならないのですよね。
人間の究極的な愛の姿が、本来の夫婦、親子の姿なのだと思うと、うれしくもあり、そして、そうなっていない事が多いという事実は悲しいことだと思いました。
初めから何もなくうまくいくにこしたことはありませんが、(そういう人はよっぽどすごい方ですよね^^)だれもが直面することだと思えば、自分だけが変だとか、おかしいのだろうかと思わずに、どうどうと努力をしていったらいいのだと感じました。
ひらきなおるのではなく、見栄を張るのではなく、正直になって、悔い改められる人になっていきたいです。
悪循環は容易にできてしまいますが、良い循環はなかなか努力をしないとできません。それは、自分の中でも悲しい部分だと感じます。
しかし、努力をすれば、必ずそうなっていけれるという、希望がありますし、素質を自分の中にも確かにあるのだという事は、あるいはそう信じているということでさえ、とても素敵な部分だと思っています。
これが、私が、人類は神様の子供なのだと実感できる、しても良いと考えている部分です。
人間は、基本はみんな良い人だと思います。
もちろん、そうでない部分もありますが、良い部分をたくさん見て注目して生きていくと、もっともっと幸せを感じることが多くなっていくのではないかと思います。
夫婦関係、親子関係、人間関係においても、良い部分をたくさん見ていけれる自分となっていきたいです。
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