子供たちと一緒にいるときは、どのような思いの列車が通り過ぎていくのでしょうか。子供たちが一緒に武術の練習をしようとか、一緒にスターウォーズのゲームをしようとせがむとき、私は、率直に言ってとても疲れるときがあります。”弁明する思いの列車”と”自分の平安を考える思いの列車”などを認知します。しかし、子供たちが父親と一緒に遊びたいと思うときこそがチャンスであり、もし私が何度も拒否すれば、子供たちは、それ以上私にせがまないだろうという考えに至ります。私が興味を感じられないと思えば、それ以上私にせがむことを放棄するでしょう。しかし、私は、どのような場合にも、そのような類の種を植えたくはありません。
したがって私は、お互いが益となる”ウィン・ウィンゲーム”と理解しようと思います。私が子供たちと一緒に遊んだり、運動をしたりするとき、私は、彼らが運動し、想像力を使って様々な技術を利用することなどを助けます。同時に、私も運動することはもちろん、彼らが願うことを一緒にしながら、子供たちとの結果を固めることができます。これが双方のためのウィン・ウィンの状況です。私たちの認識の変化が問題なだけです。
「天和堂」P175
water droplet on leaf / *Melody*子供と過ごすとき、まず、自分が楽しんでないと、子供も満足してないような気がします。
表面的につくろっても、ぼろがでるといいましょうか・・・。
そして、自分の虫の居所が悪いときも、子供はすぐにキャッチして、機嫌が悪くなるのは目に見えています。
純粋な分、いろんなものが見えると言いましょうか、察知するといいましょうか、自分の反映が子供に出てしまった事も、少なくありません。
実は、家庭を持つ前に、保育を何年かさせていただいたことがあります。
1歳前後から3歳くらいの子供たちです。
その時に、本当にいろいろ良い経験をさせていただきました。
どこまでも僕の僕の立場で、愛を出し尽くす〜みたいな世界でしたが、あるときからは、そこは、元気のでる、パワーをもらう場、そして、心の憩いの場になっていました。
だいぶ前ですが、何をかくそう、私は、若い頃、子供がだいっきらいでした><乳臭くて、すぐ汚すからです・・・><・・・・
いま思えば、自分本位だったのかしら?
たぶん、子供だったのだと思います。
まだ、自分が愛されたいと思っていたんだなと思います。
神様は、いろんな訓練をされるのだな〜なんて思いましたよ。
それが、今じゃ、二児の母・・・・^^;
おみごとというしかありません。
でも、本当に、大事なことに気づかせていただいたと感謝しています。
実際に子供を授かったら、もっとすごい世界でしたが(体力的に、肉体的に^^;)、それ以上に喜びは、苦労を忘れるほどにたくさんありました。
これからも、どんどん逆に力つけられ、元気つけられ、慰められ、希望の光に包まれ、毎日がくるのだな〜と、確信に満ちあふれています。
お互いがWINとして、自分のためになるよう、とらえ、お互い楽しむのって、案外、難しいことですが、それができたとき、よい思い出になり、子供の中でも、親のなかでも、光り輝く宝物になるのではないかと思いました。
もっと、子供の言葉を、目を、気持ちを見て、知って、体験して、大きな大人になりたいと思いました(^^)/
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