2009年07月15日

感謝すべきこと

私は、「呼吸する時と歩く時は、心を込めてやっている」とお父様に言いました。「絶えず感謝の気持ちを維持することが重要だと信じている」と言いました。さらに付け加えてこう言いました。「歩く時は、神様と一緒に歩こうとしています。つまり、例えば、自動車事故に遭って足がなくなったとすれば、きっと歩くことを恋い焦がれるようになるでしょう。歩くことができたその時に、感謝していなかったと、後悔さえするでしょう。歩けない人はたくさんいます。病気でうまく呼吸できない人もたくさんいます。呼吸できなくて生きられるでしょうか。呼吸ができなかったら死んでしまいます」

お父様は、心からほほえまれ、言葉をはさまれました。「心臓の鼓動もだね」と。
会話はその後しばらく続きましたが、お父様の昼食の時間になったことに気づきました。

「はげ頭と苺」P113

神様に感謝するという親子の会話。
自分の昼食も忘れて話されていたのだと感じました。

そうでなくても、忙しくされている方なのに。
とことん、神様中心の先生なのだと思いました。

私もそのような、神様について色々考えていて、自分の食事のことを忘れてしまうくらいになりたいと思いました。

すぐあれ食べたいコレ食べてたい・・・・肉体に主管されてしまっている自分です。(ーー;

私も、将来、うちの二人の子供と、こんな風に神様のことを語り合えたら、どんなに幸せかと思いました。
親が、どう、神様のことを証していったら良いのか、今から素行錯誤しています。
娘ももう三歳で、いろんなことを私に聞いてきます。

でも、一番良い方法は、きっと、自分が出会った神様を話すのが、一番の刺激になるのかな?と思うのです。
その親の話を聞いて、子ども自身も、神様と関係を持ちたいと思ってもらえたら、大成功だと思いませんか?

子供に話してやれるように、自分も神様との因縁を深く深く築いていきたいです!

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2009年07月14日

神様は心情の真ん中に

私たちが、私たちと神との、あり得る関係のもっている根本的な性質について誤解しているために、多くの場合、私たちは、神から見捨てられたと感じたり、答えが返ってこないと思ったり、祈りが聞かれていないと思ったりしてしまうのです。私たちが神様との関係をどこか外に求めているために、別れていると感じるのです。訓読会シリーズの本「成和学生の道」の中で、お父様はこう述べておられます。

「それでは神様は、どこにいらっしゃるのでしょうか。神様は霊界にいらっしゃるのではなく、私たち一人一人の心の中、心情の真ん中にいらっしゃるのです」(5ページ)

これによって明らかですが、私たちは、深く自分自身の中をみつめなければならないのです。−本心という宝石を磨かなければなりません。私たちの生来の善、思いやり、愛等々に、再びつながることはできなければなりません。もしも、私たちが神様を空中に求めるならば、常に目の前にある愛に満ちた賜物を見ることはできないでしょう。

私たちのほとんどは、歩いたり、走ったり、息をしたりできるという賜物を与えられています。命、健康、友達、愛する人々、そして美しい日没を見ることのできる能力、すがすがしい朝に鳥のさえずりを聞く能力等の賜物を与えられています。

考えることができ、夢を見ることができ、他の幸せを願うことができる。そういう賜物を与えられています。

私たちが生来的に他の人たちよりも優れているゆえに、このような深淵な賜物を経験することができるのだとは、私は思いません。それは決して誰かが「より善だから」、あるいは「より強いから」、また「より資格があるから」ということではあり得ません。それはただ、与えられたものなのです。

「はげ頭と苺」P111〜P112

ごく普通の人ならば、誰もが、当然、普通に、当たり前のように感じていることは、神様からただただ、与えられているものなのです。

感じて当然ではないのです。与えられているから、感じることができます。
生きていることですら、もうすでに、愛され、与えられています。

心から感謝の心を持ち、本心という宝石を磨かなければなりません
一人一人等しく、誰もが宝石の原石を神様から与えられています。
それを磨くのは、自分自身、光り輝かせるのも、自分自身。

最高に光り輝く宝石にしていきたいものです。

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2009年07月13日

砕けたダイヤモンドの物語

”唯一のお方(神様)”は、ある日、この世界を見下ろしながら、無上の美しさと輝きをもった十個のダイヤモンドを、隠すことに決めました。

その夜、”唯一のお方(神様)”は、そのダイヤモンド一つ一つが、この世からは隠された場所に、誰にも分からないよう見守りながら、それを埋めました。ところが、”唯一のお方”が最後のダイヤモンドを隠そうとした時に、突然、そのダイヤモンドは、砕けてばらばらになってしまいました。”唯一のお方”は、苦しそうにあえぎながら、静かにその散らばった破片を集めて、それを天界の山脈の中に隠しました。

時がたつにつれて、隠されたダイヤモンドのうわさは、世界中に溢れ伝わっていくようになりました。国王たちや、ならず者たちも、同様に、この宝石を見つけようと国中を探し回りました。

ああだこうだといううわさが、密集していく群集の中に流れていきました。殺戮があり、強盗がありましたー誰もがダイヤモンドを欲しがったのです。

世界は暗くなりました。
九つの砕けていないダイヤモンドは、多くの人の手に渡り、常にその手は、もっと血に餓えた、もっと貪欲な手によってねじ伏せられました。
全ての人は迷い、途方に暮れていました。

ところがある日、小さな子供が山で遊んでいました。
まばらに散在する、険しい岩山の真っただ中に、あの砕けたダイヤモンドの、最後の残りが現れました。
ダイヤモンドは粉々になっていて、誰も欲しいと思わないようなものでした。それで、この子供は、夜明けになるたびごとに戻ってきて、ゆっくりと一かけら一かけら、砕けたダイヤモンドを再び継ぎ合わせ始めました。

何年もの期間がすぎて、子供は既に年寄りとなりましたが、今もこつこつと砕けたダイヤモンドを継ぎ合わせています。
今や年寄りとなったこの人は、夜となく昼となく探し続けて、いよいよ最後の一かけらを残すだけとなったのです・・・・。

この老人はだんだんと息切れもするようになり、ほとんど歩くこともままならなくなりました。のども、体の元気さとともに衰えていきました。それでも、彼は探し続けました。弱った骨組みが体の重みに耐えられず、とうとうボキッと折れて、老人は地面に倒れてしまいました。
そこに体を横たえながら、彼は、”唯一なるお方”を大声で叫び求め、最後のかけらを見つけるのを助け給え、と懇願するのでした・・・。

老人が、その霜焼けにかかった手を天に差し伸べると、見よ、一つのちらちらと光る光の粒のようなものが一本の木から舞い降りてきて、そのダイヤモンドの欠けた箇所に何と、ぴたっと合わさるではありませんか!

このようにして完全になったダイヤモンドは、絶え間なく輝いて、その光が何世紀にもわたる暗闇を吹き飛ばしてしまいました。

老人は、最後のすべての力と、残った命を振り絞って、この宝石を天に向かってほうり投げました。
「始めからあなたのものであったものを、今お返しします」と、老人は、最後の息を引き取りながら、かすかな声でつぶやくように言いました。”唯一なるお方”は、その声を聞かれ、感謝に満ちてほほえまれました。


この壊れたダイヤモンドの話は、お父様から聞いたものです。
お父様がおっしゃったのは、ある人が砕けたダイヤモンドを探さなければならなかったその理由は、その宝石を誰も欲しがらず、また誰もが見落としたからである。しかし、真の孝行息子とは、その砕けた宝石を千個の完全なダイヤモンドをもらうのと変わらない感謝の思いをもって受け取り、そしてそれを神様に捧げる者であるとおっしゃったのです。

「はげ頭と苺」P105〜P109

この老人は、文先生そのものであると思います。
正に文先生の生きてきた道を語っていると感じました。

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