それは何のことかというと、実は、相対者と一緒になって、初めて私たちは自分を捨てることができます −その瞬間において、本当に心が自然になることができます。
私たちは、相対者に深い感謝の思いや、尊敬の気持ち、また深く愛し、慕う思いを注ぐことができます。そして、そのような時においてこそ、性的な一体化が真にアプソルート(絶対)となり、神を体験することになります。
もしも、私たちが、他の人は、”自分の”欲望を満たすための対象であるという世界観をもつならば、私たちは本質的に自分自身の心をむしばんでいるのです。
そういう考えをもったとすれば、他の人が自分にも何も満足を与えなくなれば、私たちもその人に対する興味をなくし、同情も思いやりも、すべてなくすようになってしまいます。他者との関係も、他の人がどれだけよく自分を楽しませてくれるかということを基準とした、条件的なものになってしまします。
結婚における愛は、単に自分だけのためのものではありません。私たちが愛を与えることは、相手がどのように受けようとするかによるものであり、私たちが愛を受けることは、また相手がどのように与えてくれるのかによるのです。
”アプソルート・セックス”についての定義は、相対者との関係の”全体”をいうものです。和合であり、親密な抱擁、愛の交流です。それは私たちの結婚に対する、完璧な比喩です −私たちは夫と妻として、絶えず一つになっていなければなりません。私たちが相対者に対し、どのようにしてより良く仕えることができるだろうかと考えている時、これも”アプソルート・セックス”であるといえます。わたしたちが心を開いて相対者との会話をするようになれば、互いにより良く仕えることができますが、これもまた”アプソルート・セックス”であるということができます。
「はげ頭と苺」P122〜P125
今性犯罪や、援助交際が低年齢化していると聞きます。
家庭に問題があるそうです。⇒参考記事
そして、間違った性教育にも問題があります。⇒参考記事
婚活ならず、離活なるものもあるらしいですね。
どの人と結婚したら、自分は幸せになれるのか。
そればかり追い求めて結局バツが何個もつくはめに・・・。
そんな結婚、したくないですよね?
誰も離婚を考えて結婚する人はいません。
けれど、自分の幸せばかり、欲望をみたすためばかりに走っていると、痛い目にあうのは、目に見えています。
条件的愛は、長くは続かないのですよ!
そして、自分の子供を守るのには、まず、家庭が重要であり、家族関係、そして、夫婦関係が最も重要であると言えます。
統一教会は、愛について、とくに、純潔について、大きな声で叫んできました。
純潔、為に生きる、神主義が、今の、日本の、世界の未来を明るくすると信じています。
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