2009年10月04日

子供たちと一緒のときの霊的訓練

子供たちと同じ部屋にいて一緒にに遊んでいたり、話をしたりしていながらも、私たちは、どれほど子供から離れていたでしょうか。子供たちが一緒に遊んでくれることを要求するとき、面倒に思うときがありましたか。子供を育てながら、子供のために葛藤する場合が多いのです。これは、とても正常なことです。

多くの場合、私たちは、父母の役割と宗教的な霊的な修練を別々のものと考えます。しかし、統一教会員としてこのような分離は、間違った理解によるものだということを悟らなければなりません。私たちは、子供たちと一緒に時間を過ごし、一緒にいる瞬間を霊性のための訓練と考えなければなりません。それは、心身統一修練とさほど異なることがありません。
「天和堂」P174


Curious leaf / joka2000

子供は、もう、何時間でも遊んでいられますよね^^
寝ることよりも、食べることよりも、遊ぶことはいつも、優先されているように思います。

小さいながらも、一時間もつきあっていると、ヘトヘトですよね?
遊びに全人生を掛けているような・・・・^^
その子にとって、遊びが勉強であり、成長する日々の繰り返しなのだなと感じます。

子供はどこまでも自分中心で生きています。脳の発達上、仕方がないことなのだと思いますが、この時期に、うんと甘えて、のびのびと想像力を発揮していくことは、大切だと思います。
そのように、神様は作られたのだなと、子供をみてもまた、また、感動してしまいます。

そして、子供と付き合うこと、子供が満足するように一緒に遊ぶことは、大人にとって、とても辛抱しなければならない時もあります^^;
赤ちゃんは、24時間体制、だんだんと大きくなるにしたがって手はかからなくなりますが、それと反対に、心の世界は、とても難しくなってくるように思います。

子供との時間をただ、辛抱する時間として過ごすのではなく、お互い学ぶ時間としてとらえていくことは、とても素晴らしいと思いました。
そのように親子関係をみつにし、愛情を深くなるように神様のご計画があったのでは?と、思ったりもします。

人間の子供は、生まれても、動物とは違い、歩くことでさえ一年もかかります。それだけ愛情をかけ、世話をして、人は人となっていきます。
このように、神様も、人間のために、たくさん愛情と手間をかけて下さったのではないかと感じます^^

人間は、肉体だけでなく、霊的な存在でもあります。
霊的といっても、幽霊のことではなく、心があるということです。
この、心の部分を、大切に育てていくことは、子供にとっても、そして、親となった自分にとっても、大切で、一生かかって、学んでいく、そして、成長し続けることのできる、可能性の大きな自分なのだと感じて、そして感謝をして、これからもがんばっていきたいと思いました。

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タグ:子供 神様 遊び
posted by はっぴー at 00:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 天和堂 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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