2009年09月05日

夫婦一緒の修練 7瞑想と沈黙1

深く静かに呼吸しながら、心と体を平和に、配偶者に対してより深く理解するようになったことを喜びながら、瞑想と沈黙の時間をもちます。

今、私たちが人との関係において、どれほど頻繁に怒りに支配されているかを垣間見ることができるようになりました。誰かからひなんされれば、それを受容することを拒否し、賞賛されればそれに陶酔し、それ以外は考えようとしません。正にそれが問題です。
「天和堂」P150


Heart in the soil / ! T.a.b.ú]
↑(愛は、街角のどこにでもころがっているけれど、それを見つけるのは、必死になって努力しないと見つからないものなのかもしれません)


誰でも、自分のことを悪く言われれば、気分が悪くなります。
しかし、ただ、それで怒りに身をまかせてしまうのは、小さな子供にも出来ることです。

人生の中で、何を学んで、何を訓練してきて、どう生きてきたのか。

だれでも出来ることではなく、どちらかといえば嫌がることの中にこそ、真実があり、回答があり、また、自分自身の成長することが可能な瞬間がひそんでいるのだと感じました。

宗教事態も、誰でも出来ることのようで、なかなかそのようになっていけない自分自身というものがあります。
宗教は、日ごろ、見失いがちな、そして、見ないふりをしてしまいがちな内容に目をむけ、考え、そして、実践していく事なのかなと思います。

誰もが思う良いことは、やるのは良いと思っていても、実際やれる人は、ごく一握りの人しかいないし、なかなかできるものではないと感じるからです。
ことさら、宗教は偏見も多いですし^^;

夫婦間においても、やれば、喜ぶだろうと考えていても、実際やらなければ、相手には、何も伝わらないし、何も発展もしません。
称賛を受けることだけ、愛を受けることだけ待っていても、何も得るものはないと感じました。
妻も、夫もです。
女性は特に、愛されたいと考えがちですが、女性だからこそ、愛を形に表すことを、たくさん考え、与えようと努力することは、大切なのだと感じました。

愛を受けて、賞賛されて満足し、相手のことを多少知ったからといって、安心するのではなく、知ったところからスタートだととらえて、努力していける自分となれたらと思いました。

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ラベル:沈黙 瞑想 問題 理解
posted by はっぴー at 00:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 天和堂 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「…賞賛されればそれに陶酔し、それ以外は考えようとしません。正にそれが問題です。」

宗教し続けることのむずかしさを感じます。
自分を省みること、変えることが一番の挑戦だと日々感じます。
Posted by イエス様大好き at 2009年09月05日 00:55
イエス様大好きさん、コメントありがとうございます!
自分を省みること、変えること。
本当に大切ですね。
なかなかできることではないですよね。
でも、そうしようと思えるのは、宗教などの信じる心があるからなのだと思います。
私も四苦八苦しながらですが、がんばります^^;
Posted by はっぴー at 2009年09月06日 14:29
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