2009年09月03日

夫婦一緒の修練 Aお互いの力になってあげる B相手の立場で読む

Aお互いの力になってあげる

さあ、続いて配偶者がもつ立派で賞賛する点を三つ書いたのち(同時に、文章は「私」で始めます)、静かに相手に渡します。これも具体的でなければなりません。「私は、あなたが・・・・したとき、とてもうれしかったです」、「私は、あなたが・・・・したとき、愛されていると感じました」、または「私は、あなたが・・・・・したとき、感動しました」などで書き始めてみます。

B相手の立場で読む

お互いに離れたところに行き、相手が書いた文章を静かに読みます。体を完全に静寂にした状態に維持します。静かに文章を読んでいる瞬間、心は動揺し始めるでしょう。防護、裁き、怒り、あるいは復讐心の列車が私たちを支配しに来るかもしれません。これらを認知して、そのまま過ぎていくようにするのです。反応せずにあいての立場になり、理解しようと努力するのです。この文章を読む間、前とは全く異なる列車、すなわち利己心と自己満足と賞賛を渇望する思いの列車などが現われることを感じるようになるでしょう。自分に否定的な内容を聞けば、自己を防御するようになり、肯定的な内容を聞けば、喜んでもっとたくさん聞くことを願う自分をよく覚えておいてください。

私たちの利己的自我について、正確に知っていることが重要です。本能的に不快なものを拒否し、願うものばかりに耽り溺れます。。このような傾向を理解するならば、自我が渇望して得る満足感を最小化させることができます。そすることによって、私たちは、より思慮深くなり、私たちがもつ利己的な傾向を、私心なく奉仕できるように変えることができます。
「天和堂」P147〜P148


cake / Kanko*

悪いところや、不満なところは、よく見え、我慢できずに指摘したりするものなのに、良いことや、感動したこと、うれしかったことは、あまり言葉や態度で表現できずらいのは、どうしてなのだろう?

自分の見栄や、競争心?
たんなるテレ?

どちらにせよ、うまく表現できれば、円満な関係は、かならずできるようにも思えます。
しかし、良い部分こそ、隠れてしまい、感謝の気持ちが伝わらなかったり、誤解をうけたりするもので、人間関係は、特に夫婦関係は、前にも書いてあったように、気が抜けないものだなと感じます。

相手の立場で考えること。
とても大切です。
大切と思っていても、頭では分かっているようでも、なかなかできません(><)

自分ではなんともないことでも、相手にとっては、とてもさびしい思いをさせてしまったり、怒りにスイッチが入るキーワードだったりします。
でも、そこがお互いわかるようになったら、少し、夫婦の間も近くなれるのかな〜?なんて思いました。

この辺を呼んでいて、心が痛かったりしますが、本当に勉強になります。実際に、主人とこのような手紙のやり取りができたなら、もっと、自分のいけないところや、そして、自信をもっていいところも、わかってくるのだなと感じました。
そして、同時に、主人の良いところが、もっとクローズアップされるのだと感じました。ここが、一番大事なところだと思います。

主人は、どう思うのかわかりませんが^^
きっと、賛成してくれると信じています。
ここは、夫婦、協力しあわないとできない修練ですよね^^

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posted by はっぴー at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 天和堂 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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