2009年08月26日

総序 7

総序 7.gif

●神は既にこの地上に、人生と宇宙の根本問題を解決されるために、一人のお方を遣わし給うたのであるが、そのお方こそ、すなわち、文鮮明先生である。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・☆

この原理に、文鮮明先生に、神様に出会わなかったとしたら、
今の自分はいなかったと覆います。
私は命の恩人だと思っています。

写真は、個人的に好きな写真をのせました。
我が家にもかざってあります^^
明るくて、とても好きです。


ラベル:文鮮明先生
posted by はっぴー at 16:00| Comment(12) | TrackBack(0) | 原理講論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
【●神は既にこの地上に、人生と宇宙の根本問題を解決されるために、一人のお方を遣わし給うたのであるが、そのお方こそ、すなわち、文鮮明先生である。】

そうですか!?
それで、文鮮明さんは、『人生と宇宙』のどんな『根本問題』をどのように解決されたのでしょうか?
社会問題を引き起こしているだけと感じられますけど、、、ね。
Posted by tonbi_sss at 2009年08月30日 17:43
簡単に言いますと、人生の三大疑問(どこから来て、何のために生き、死んだらどうなるのか)、そして、堕落の経路と復活を明確にしました。
そうすることで、本然の自分の姿にもどる方法や、平和世界実現への道を記して下さっています。

例えば、誤解から来る宗教間からの戦争などを終結しうる内容。そして心と体を統一すること、為に生きることを提案し、戦争や、犯罪、人種差別などのない、平和な世界を具体的に実現できる方法を学ぶことができます。

平和世界は、私たちが一つとなって、自分たちの力で実現していくものではないでしょうか?
ご利益主義の、自分では何も努力もせずに、誰かが平和世界を作ってくれる、という考え方事態が、あさはかだとは思いませんか?

文鮮明先生一人では、平和世界を実現することはできません。
私たちが、心と体、家族、氏族、国家、社会、世界、神様までも一つとなって、歩むとき、平和世界は実現され、様々な問題が解決されていくのだと思います。

Posted by はっぴー at 2009年08月31日 11:24
はっぴーさん、コメントありがとう。

【人生の三大疑問(どこから来て、何のために生き、死んだらどうなるのか)、そして、堕落の経路と復活を明確にしました。】

明確にした、、、そうですか、、、?

人生の三大疑問 その@ どこから来たか?

下記サイトから科学的に学んでみてください。
 http://www.kahaku.go.jp/special/past/japanese/ipix/1/index.html
星空を眺めるたびに考えてしまいます。
この宇宙のこの地球にこうして生きていること、不思議ですよね。
まさに、奇跡だ!!としか言いようがありません。

人生の三大疑問 そのA何のために生きているのか?
 
人生(生きること)の目的、、、そんなに肩に力を入れて思い悩むことはないでしょう。宇宙も地球もあるがままにあるのですから、あるがままに生きればよいと思います。今現在を怠ることなく生きればよいのでしょう。
 人間に生きることの目的なんてないでしょう。その目的は誰が決めるのでしょうねぇ?

人生の三大疑問 そのB 死んだらどうなるのか?

 どうなるのでしょうねぇ?
 私は今現在こうして生きており、死んだことはないので、わかりません。
 死後のことを、霊界がどうだのこうだのと語る人がいますが、生きている人の語りでしょ、、、。
 生きている人が死後のことがわかるなんて、論理的に考えてもありえないはずです。


以上のとおり、人生の三大疑問というものは、ありえない問いであり、それを解明したということは、解明したという人が何らかの目的を持って作った自分に都合の良いストーリーに過ぎないと思っております。
Posted by tonbi_sss at 2009年09月13日 15:01
ごめんなさい、、また、tonbi_sss です。

【例えば、誤解から来る宗教間からの戦争などを終結しうる内容。そして心と体を統一すること、為に生きることを提案し、戦争や、犯罪、人種差別などのない、平和な世界を具体的に実現できる方法を学ぶことができます。】

そうですか、、、。平和な世界は、少しなりとも実現しましたでしょうか?
イラク、アフガン、イスラエルとイスラム諸国、ソ連・中国の民族紛争などなど、平和な世界は全然実現してはいませんね。
私自身としては、文鮮明氏に期待しているところがあるんです。北朝鮮の拉致・核問題についてです。
同じ韓民族同志でもあり、それに文鮮明氏はメシアと称されておりますから、メシアとして北朝鮮に対し平和実現のため尽力されていることだろうと期待しているところですが、、、。
しかし、日本統一協会の違法な霊感商法等の責任を教祖として感じておられないようですから、そういう人に期待するのが間違いということですね。
Posted by tonbi_sss at 2009年09月13日 15:37
tonbi_sss さん、日本人のはるかな旅展、見させていただきました。

女性だけ受け継がれていくDNAを調べていくと、アフリカの一人の女性に行き当たります。これぞ、アダムとエバ、人類始祖の証ではありませんか?聖書は、正しいのです。

サルから進化している事を前提とするのならば、人間から次の段階の進化もありうるということでしょうか?
人間の方が、進化しているのに、その途中のサルは、いまだに存在しています。
初めからサルと人間を創造しようと考えていたと考えるほうがずっと、自然だと思います。

生き方については、人それぞれの考え方がありますから、否定も、肯定もしませんが、私の考えでは、神様から愛を中心として人間が生まれ、誰かを愛し、幸せになるために生きているのだと思います。それが、目的だと思っています。

霊界についてですが、私も死んでませんからはっきりとはわかりませんが、スウェーデンボルグなど、霊界を見てきた方々もたくさんいます。
たんなる人間が作り上げた語りではないと思っています。

アインシュタイン博士も、熱心なクリスチャンです。失礼ですが、tonbi_sss さんよりも、よくよく研究されていると思います。その方が、神様の存在を否定しないのは、何かしらあると感じませんでしょうか?

私が何を書いたところで、否定する内容を並べてこられるでしょう。私の足りなさゆえだと認めます。

しかし、科学者や、物理学者全ての人がたとえ神様を否定したとしても、私の中にいる神様を否定することはできないと思います。
Posted by はっぴー at 2009年09月14日 10:17
tonbi_sss さん、誰かにやってもらおうという考えが、そもそも間違っていると思います。

拉致監禁に対して、全ての人々が、自分の肉親と同じようにそのことを深く受け止めない限り、この問題は、解決されないでしょう。
北朝鮮、日本、その他の国々もです。

その問題を説く鍵が、利己主義ではなく他の為に生きること、そして、心と体の統一からなる一体感だと思います。

Posted by はっぴー at 2009年09月14日 11:18
また、お邪魔します。

【女性だけ受け継がれていくDNAを調べていくと、アフリカの一人の女性に行き当たります。これぞ、アダムとエバ、人類始祖の証ではありませんか?聖書は、正しいのです】

いわゆる、『ミトコンドリア・イブ』ですね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%88%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%82%A4%E3%83%96
上記サイトに『よくある誤解』としての下記の解説があります。
★=====================
現在の人類の母親をどんどんたどっていくと、ある一人の女性にたどりつく。しかし、その同時代には他にもたくさんの女性がいて、家系図の母系だけをたどるのではなく、母系をたどりつつたまに父系をたどる、のような遡り方をすれば彼女達にたどりつくこともできる。すなわち、その時代のたった一人の女性から人類全てが生まれたというわけではないのである
 ( 中 略 )
ミトコンドリアイブは特定の女性を指すのではなく時代によって変動する。もしも仮に5万年前の人類のミトコンドリアDNAサンプルを得たならば、そこから遡ったミトコンドリア・イブは、現代人にとってのミトコンドリア・イブよりも古い時代のひとりの女性を指し示すであろう。同様に、現代に生きている女性のうちの誰かが数十万年後のミトコンドリア・イブとなる可能性もある。ミトコンドリア・イブ自身は、女系を通してたくさんの子孫に恵まれたという以外、何も特別な点はない。
 ( 中 略 )
ミトコンドリア・イブ説にはどういう意味があるというのだろうか。実を言うと、「たった一人の女性から全人類が生まれた」という根本的誤解に勝るようなインパクトのある意味はない。「全人類はある女性の血が共通して混じっている」ということは言えるが、それ自体不思議なことではない。
======================★

残念ですが、【これぞ、アダムとエバ、人類始祖の証】、、、とは、いえないようですね!!

【人間の方が、進化しているのに、その途中のサルは、いまだに存在しています。
初めからサルと人間を創造しようと考えていたと考えるほうがずっと、自然だと思います】

サルにもいろんな種類がありますよね。猿人に進化できなかったサルは今もサルとして存在していると考えるのが私は自然だと思いますけど、、、ネ。
Posted by tonbi_sss at 2009年09月19日 10:15
ごめんなさいね、、、たびたびで。
そろそろこの稿はお仕舞にします。

【スウェーデンボルグなど、霊界を見てきた方々もたくさんいます。たんなる人間が作り上げた語りではないと思っています。】

スウェーデンベルグや霊界を見てきたという人たちの言葉は、生きていて語ったものですよね。死んだ人の言葉ではないのは事実です。その人の脳がそう感じたということでしょう!!
左側頭葉を刺激するとそういう体験を感じるようですよ!!
『幽霊の正体見たり枯尾花』現象だと私は思います。
有名な、偉大な科学者がそう言ったからと鵜呑みにしそう信じ込む生き方はもったいないと思いませんか!?
Posted by tonbi_sss at 2009年09月19日 10:51
tonbi_sssさんもいろいろと研究されているんですね^^

直系だけの血筋は、良くないとされています。
遠いDNA同士のほうが、よい子孫を育むことができるとされています。

それは、今も昔も同じだと思います。
きっと、たくさんの家系があったと思います。
しかし、神様の息子、娘としての人間の”心”を持つ家系はただ一つだけだったと思います。

その家系と交わりながら、その性稟を受け継がれていき、今の人類となったと推測します。

アダムとエバの場合も、聖書にはアベルとカインのことだけ書かれていますが、実際は、間にたくさんの兄弟がいたと聞いたことがあります。

その兄弟がそれぞれ、肉親どうしで結婚することは、けっして良いことではないと思いますから、他にも、同じような体をもつものが、存在していたと考えています。


tonbi_sssさんのおっしゃる通り、いろんな可能性を考えてみることは大切だと思います。
鵜呑みにするのではなく、いろんな可能性を考えながら、より、漸進的な、思想や、科学的な事でも、皆が幸せと思えるようなものを信じたいと思っています。
Posted by はっぴー at 2009年09月19日 17:19
はっぴーさん、気にそわないコメントにご返事をいただき、ありがとう。
さて、この稿のコメントはこれで最後にします。

【アダムとエバは人類の始祖】ということです。

旧約聖書 創世記に、次の記述があります。
4.14 「・・・わたしに出会う者はだれであれ、私を殺すでしょう」
4.15 ・・・主はカインに出会う者がだれも彼を撃つことのないように、カインにしるしを付けられた。
 
以上の文脈からは、この時代には、アダムとエバを親としない人間がすでにいたということになりませんか?

4.17 カインは妻を知った・・・・。
 
 ということは、カインはある女性と結婚したということですよね。その女性とはだれだったのでしょう。

 アダムとエバの子としか思えないのですが、、、。
Posted by tonbi_sss at 2009年09月20日 11:54
9月21日のコメントは没にされたようで、先のコメント終了宣言は撤回させていただきます。勝手して申し訳ございません。

さて、【他にも、同じような体をもつものが、存在していたと考えています】と仰っておりますが、

『アダムとエバを親としない別の家族が存在していた』と考えておられると解釈してよろしいのでしょうか?
そうだとしますと、『アダムとエバが人類の始祖』ということになりますが、、、!!

【アダムとエバの場合も、聖書にはアベルとカインのことだけ書かれていますが・・・】

そうでしょうか?
聖書をよく読んでおられるとは思いますが、もう一人のお子さんのことも書いてありますよ!!
Posted by tonbi_sss at 2009年09月26日 14:18
はじめに、tonbi_sss さんのコメントを承認するか否かは、私が決めても良いと思います。とやかく言われる筋合いはございません。

聖書では、とても血筋を大事に書かれていると思います。家系図などもでております。
アダムとエバの家系だけが、神様の願いにかなった家系だったと思います。
人として考える知恵や道徳、愛情などを備え、無限に可能性のあるような、神様が特別に心を吹き込んだ。と言いましょうか。そんな血統だったと思います。

他の家系は、言ってみれば、動物と同じで、何の責任もなかったのではないかと思います。
地上の万物を主観できるようにされたのが、唯一アダムとエバの家系だけで、その子孫が、私たちだと思います。

聖書は、一通り読みましたが、聖書研究家ではないので、間違っていましたら、あやまります。ごめんなさい。

重箱の隅をつつくよりも、もっと大事なものを見たいと思っていますし、聖書自体が、比喩や例えが多いゆえ、聖書をそのままの如くに解釈するのは、私は、どうかと思っています。

聖書の行間にある、神様の心情を感じたいと思っています。
Posted by はっぴー at 2009年09月27日 15:09
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