2009年08月21日

心身統一の準備2

個人的な証の例を挙げようと思います。
一歳上の兄を失ってしまったあと、私は、毎日早朝2時30分に起き、心と体の統一訓練をしたのですが、それは、兄に対する個人的な義務であり約束でした。

ところが、このような修練をしながら、あるとき深い疑いの心と激しい挫折感が起きたこともありました。学生、父親、会社の責任者、そしてほかのさまざまな責任を担っている一個の人間として、この修練と祈祷はばかげたことではないのか、実際どのような利益をもたらしてくれるのかということについて懐疑的にもなり、さらには怒りをもったこともあり、自己欺瞞を感じたりもしました。

しかし、これは、私自らが神様と兄とに対して約束したことであり、継続して修行しなければならないことだったので、自ら立てた八つの精神修養の方針に対して、残忍なほど冷静に私自身を評価してみました。その方針は次のとおりです。

@真実性(精誠)
「言葉を成す」、あるいは「説教する内容を実践する」訓練。真実の修養のためには、絶えず妥協なき努力と正直さが要求されます。

A献身(利己心の克服)
私自身と私の利己心を超えれば、超越的なものがあるということを悟り、それを想起し続ける訓練です。

B正直
慢心と自己欺瞞の陰に隠れない勇気をもつ訓練。私がどんなに偉大で賢く、人々がどれほど私に感謝しなければならないかなどのような驕慢な心の陰に、卑怯にも投げ込まない正直な心が必要です。

C尊敬
尊敬する心をもってほかの人に接する訓練。尊敬されることを要求せずに尊敬する心を獲得しましょう。

D大胆さ(恐れないこと)
私が感じている「恐れ」を識別し、それに向き合う訓練、恐れとは、私自身よりほかの人をより愛さなければならないことに対する、恐れであり、失敗に対する恐れ、ほかの人の中に常に希望を探し出さなければならないことに対する恐れでもあります。

E修養
心身統一のために、絶えず挑戦する中で喜びを発見する訓練です。

F純粋
他人への関心と同情心をもつことを妨げるすべての障害物(利己心、物質的著侈を追う欲心、自己崇拝、自己顕示欲など)を除去するための訓練です。

G信用
神様と真の父母様、自分とほかの人に約束したことをきちんと履行、継続する訓練です。


もちろん、上に挙げた訓練項目を守ることができないときもあり、今も失敗するときがあることを、認めざるを得ません。しかし、私自身訓練するにおいて、自分に厳しく正直であろうと努力しています。私たちは、失敗することを正直に認めなければならず、そののちに初めて学ぶことができ、より心情を深めることができるのです。

私たちは、必ず神様と一つになり、霊界だけでなく、肉身生活ですべてにプラスにならなければなりません。これがこの修練の使命です。私たちは、現実的に平和、統一を成し遂げ、神様と一つになることを決心します。しかし、これが簡単なできるという考えは愚かです。これは、長く険しい道です。この道において数千のサタンに出会うでしょう。私たちを堕落の道に陥れるたくさんの利己的自我と悪魔に出遭うでしょう。克服しなければならない恐怖と失敗も、またたくさんあるでしょう。さあ、今から準備しましょう。

「天和堂」P105〜P110


marguerite cosmos / Kanko*

”自分”って、分かているようで、自分が一番分かってないものです。
そして、先生や上司、ほかの人はだませても、自分はだませません。

もっともらしい言い訳をしながら、ただ、やりたくない、続けたくないとか、寝ていたいとか・・・。
他人に言われてハッと気づくことなどなど・・・・。
楽なほう、楽なほうについつい体が向かってしまったりします。

そして、他人のことはよ〜〜〜〜〜〜〜っくわかっちゃったりしたりして・・・ーー;

私も、いろいろな場面で、素直な自分でいたいと思います。
怠けたいと思ってしまう自分。
打算的な、自己中心的な自分。
全部ひっくるめて、それも全て素直に認める事は大事です。

”失敗することを正直に認めなければならず、そののちに初めて学ぶことができ、より心情を深めることができるのです”

私もがんばろう。

同時に、自分の素をさらけだすことになりますが、その素が、神様の前にでても恥ずかしくなくなっているとき、大手を振って神様のもとへいけるようになるんでしょうね。そんな気がします。

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ラベル:修練 恐れ 訓練
posted by はっぴー at 01:30| Comment(2) | TrackBack(0) | 天和堂 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
とても大切なことですね。
受け入れる、受容することは、とても重要です。

自己否定だけを言い続けられ、絶対従順、絶対服従と言われると、なにもできなくなってしまう自分がいました。

しかし、本然の自分には自己追求欲と自己実現欲があります。幸福になるための、他者の為に生きるわたしが、して差し上げたいことが、自分を通してしかできない神様が与えてくださったミッション、使命を通して実現できるはずなので、自己を肯定しなければなりません。

神様の喜びと自己の喜びが一致する、一つのミッションを成し遂げなければなりません。それが最高の豊かさと喜びだと思います。

さまたげているのは、過去の記憶のみ。有限だと思わせる制限する何かです。自己否定のトリックをサタンが使っているのでした。

自分の素のすがたとは、創造本然の姿であって、堕落製本性のすがたではありません。人間はみなそこに戻りたいという本心の欲求があるとおもいます。

その本心を大切にし慈しむには、瞑想は欠かせないことだと思いました。

天和堂はすばらしいメッセージです!
Posted by 靖国 at 2009年08月26日 23:15
靖国さん、コメントありがとうございます^^

>神様の喜びと自己の喜びが一致する、一つのミッションを成し遂げなければなりません。それが最高の豊かさと喜びだと思います。

本当に私もそう思います。
神様が中心にあってこその本当の喜びですよね^^
創造本然のすがたに私もなっていきたいです。
Posted by はっぴー at 2009年08月28日 11:36
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