2009年08月20日

心身統一の準備

心と体の統一は、驚くべきものであり、恐ろしいものです。修練をしながら、私たちは、生まれ変わるために”死の道”を訪ねていきます。いつもねたんで欲張り、利己的で憎み、打算的ですべてを手に入れようとし、嫉妬するなどの堕落性(私はこれを「利己的な自我」と呼びます)は消えます。

利己的自我は消え、本心と私たちの心の中の良心が生きて動かなければなりません。利己的な自我は必ず死ななければならず、私たちの(神様と一つになった)”真の自我”が生まれなければならないのです。

しかし、どのようにしてこれができるでしょうか。もっともらしく聞こえ、またそのようにしたいと思いますが、果たしてどのようにすればできるのでしょうか。さあ、修練を始める前に準備運動をしてみましょう。真のお父様は、「数千、数万年間しつこく血統に根ざしてきた堕落性を脱ぎ捨てるということが、どうして簡単なことでしょうか。人間の努力だけでは、絶対に不可能なことです。神様を縦的な軸として立てて絶対信仰の基準で侍り、生涯身もだえしても難しい闘いです。自分の父母や子供以上に絶対的に愛する境地で、神様を真の父母として侍っていかなければ、考えることもできないことです」(2004年3月23日、ワシントンDCアメリカ国会議事堂で語られた真のお父様のみ言「平和王国時代宣布」より)と語られました。

さあ、修練を始めましょう。このように、私たちは、私たちの力だけでは到底これをすることはできないことを知りました。ですから、まず、内的基盤を築かなければなりません。修行する前に、「神様を私たちの縦的な軸として侍ることができ、心と体を統一できる力を下さり、自分の中にある利己的で自己中心的な自我をなくし、真の自我を通して、私の人生に、私たちの家庭に、氏族に、社会に、国家に、世界に、宇宙に、そして、神様にまで、実体的に侍ることができるようにしてください」と切に求める祈祷を捧げなければなりません。言い換えれば、最初から最後まで神様が中心にならなければなりません。

そして、もう一歩深く基盤を築く必要があります。神様と真のお父様が私たちの代わりにすべてのことをやってくださいと、お願いすることはできないからです。私たち自身を投入しなければなりません。人類全体に向かって真の父母の代身になり、真の兄弟にならなければならず、真の配偶者、真の息子と娘になるための決断をしなければなりません。もちろん、これは、私たち自身がどのくらい悟ったのか誇るためのものではなく、他のために生きようとするためなのです。

「天和堂」P103〜P104


Yellow Flower / HellFire Designs

”数千、数万年間しつこく血統に根ざしてきた堕落性を脱ぎ捨てるということが、どうして簡単なことでしょうか。人間の努力だけでは、絶対に不可能なことです。神様を縦的な軸として立てて絶対信仰の基準で侍り、生涯身もだえしても難しい闘いです”

堕落性を脱ぐと言うことは、とても一人ではできないこと。
だからこそ、神様が必要であり、み言が必要であり、修練が必要になってくるのですね。

そして、誰かに代わってもらうことのできない問題として、深く、自覚をもって、人生を生きていかないといけないと思いました。
修練も、誰かにすがるためではなく、自分がしっかりと立って行くための守りだったり、強みだったり、励みになったりするものだと感じました。

本当に決意をして行かねばなりませんね。

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posted by はっぴー at 00:15| Comment(2) | TrackBack(0) | 天和堂 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
お邪魔いたします。
【心と体の統一、、、】
 心と体は別物なのでしょうか?別物だとすると、心はどこにあるのでしょう???
 私は、心と体は一体なものと考えております。

【本心と私たちの心の中の良心、、、】
 これも、一体なものだと私は思います。

【血統に根ざしてきた堕落性、、、】
 堕落性は、血統に根ざしているんですか?そういう遺伝子があるということですね。そうだとすると、遺伝子治療の進歩で、おっしゃるような『堕落性』ななくなるでしょう。
 もっとも、堕落、堕落と、そんなに自虐的悲壮感に陥る必要はないと思いますけどね。
 

Posted by tonbi_sss at 2009年08月21日 15:32
tonbi_sss さん、おひさしぶりです^^

心と体、本心、良心は、物質的に考えると、同じだと思います。
しかし、ここで言わんとしていることは、方向性のことです。
例えば、痩せたいと思いながらも、なかなか甘いものがやめられなかったり、タバコは体に悪いからやめたいと思っていても、なかなか禁煙ができないように、必ずしも心と体は同じ方向に向かおうとしないということを言っています。
本心や良心も、良いこと、悪いことがわかっていても、犯罪を犯してしまうなんてことも、ありますよね?
ある意味不自由な状態です。
この状態は、心と体が分離しているととらえても、さしつかえないと考えています。

堕落性に関してですが、堕落性は、堕落論で、もっと詳しく紹介していきますが、遺伝子に組み込まれているわけではありません。
例えるならば、国や地域、部落、氏族などで、そこに根ざした考え方、とらえ方があるように、サタン的な心(利己心だったり自己中心的な考え方)が、代々受け継がれ、今日まで来ているということを言っています。

遺伝子に組み込まれていたら、本当に治療できますね、ある意味、そのほうが簡単だったかもしれませんね。

自虐的悲壮感でしょうか?
今現在の自分自身を知って、よりポジティブに、神様から受け継いだ、本来自分の中にある良いものを表に出して、素直な自分に、もっと自由な自分になっていこうと提案している内容だと思っています。
Posted by はっぴー at 2009年08月22日 08:48
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