2009年08月17日

総序 3 人間の無知

総序 3.gif

●人間の堕落を知的な面から見れば、我々人間が無知に陥ったということを意味する。
●人間は、心と体との内外両面からなっているので、知的な面においても、内外両面の知をもっている。
●したがって、無知にも、内的な無知と外的な無知がある。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・☆

皆さんは、私たちの中に、目に見ることのできなくても、心が確かに存在している事は、ご存知だと思います。
体で感じるもの、心で感じるもの、両方あると思います。

体で感じるものは、実際に体験したり触ってみたりと、とても現実的な世界です。心で感じるものは、目には見えませんが、感動したり、共感したりする心の世界です。

その両方に、体験していない、もしくは、知らなかったことや忘れてしまったり、わからなくなったということです。



ラベル:原理講論
posted by はっぴー at 13:56| Comment(2) | TrackBack(0) | 原理講論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
【・・・心で感じるものは、目には見えませんが、感動したり、共感したりする心の世界です。】

 そうでしょうか?
 目で見たり、臭いを嗅いだりして、美しいとか香ばしい感じたり、醜いとか汚いと思ったり、耳から入ってくる音や、本を読んだり人の話を聞いたりして、感動したり共感したり、またその反対だったりしますよね。
 すなわち五感を通して入力された情報に脳細胞がどう機能するかが『こころ』だと思います。

 はっぴーさん、、、あなたの『こころ』は、あなたの体のどこに存在しているのでしょうか?
Posted by tonbi_sss at 2009年08月21日 16:37
確かに五感を通していろいろ思ったり感じたりしますが、それを記憶していて、実際ふれなくても、思い出すという事があると思います。

そして、統一教会では霊人体(一般的には、魂とか、霊魂とか言われるもの)と呼びますが、肉体が滅んでも、何かしら感じる心が存在していると私は思っています。
実際に触ったりして感じることはできないかもしれませんが、肉体があったときに記憶している感動した心、反応した心を、再現される霊の体のようなものがあると私は信じています。

体のようなものとあえて書いたのは、霊は、時として、ポルターガイストのように物を動かしたりすることもあります。
きっと、霊も、少なからず、この世と同じような物質でできているのかもしれないと、私は考えています。
と、言ってもこれは私の考えなので、実際はどうなのかわかりません。
Posted by はっぴー at 2009年08月22日 13:01
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