2009年08月14日

神様と世界と私の連結(2)

私たちは、根本的に内面に潜在する邪悪な自分と向き合わなければなりません。なぜこの世の中に平和がないのか、根本的な理由を扱わなければなりません。なぜ私たち自身の心の中に、配偶者との関係の中に、あるいは友人間、家族間、社会間、国家間、世界の中に平和がないのでしょうか。

人が虚偽の中に生き続け、本質的な真の生活を遂行しなければ、自身と周辺に苦痛を与えることになります。真のお父様は、いつも”真”という単語を使われます。真の愛、真の父母、真の夫・妻、真の兄弟、真の子供、真の人などなど。しかし、真のお父様の弟子として私たちは、どれほど真であることを修練し、具体化させているでしょうか。私たちの人生にどれほどの真があるでしょうか。
真のお父様が”真”、または”真実の””真の””本当の”という単語を使われるのは、とても衝撃的なことです。その単語は、私たちが中心として行くべき道を根本的に、正確に指摘してくださったものなので、強烈な力をもっています。私たちは、言葉と行動だけを真にするのではなく、私たちの精神と心の中までも、真の生活をしなければなりません。これが心と体の統一です。真の姿になること、これが心身統一修練です。

自らに真実にならなければ、絶対に平和を味わうことはできません。世の中に対して真実になれなければ、世の中は、いつでも私たちを審判するでしょう。私たちが神様の前に真実になれなければ、決して神様と意味のある深い関係を結ぶことはできません。

「天和堂」P86〜P88


lotusbud / suchitra prints(Away for a few days)

”どれほど真であることを修練し、具体化させているでしょうか。私たちの人生にどれほどの真があるでしょうか”

他人は要領よく生きて、人生をおうかしているように見えます。
しかし、見えているだけで、実際はどうなのかは、本人だけが知っています。

誰もが、人と人とのつながりや、心の結びつきを求めていると思います。

”真”は、私たちの道しるべを表しています。
”本当の”姿となって、神様と深く連結されるようになっていきたいです。

今までは、方法と、方向性がわからず、四苦八苦していたにちがいありません。
神様を知ってからは、どれだけ開放され、自由になれるのか、考えて見たことはありますか?

少しでも私を造った神様をもっとよく知るならば、深みのある人生になると思います。

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posted by はっぴー at 00:00| Comment(0) | TrackBack(1) | 天和堂 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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