世の中から自分を分離することはできません。私は、すべてのものと連結しているのです。父母が生んでくれたので、私がここにいるのです。父母が一緒にいなければ、私という存在はあり得ません。もしその方たちがある瞬間離れていたとすれば、この場には、私の代わりにほかの誰かがいたでしょう。私は、生まれたのち、太陽と月、風、雨、地を掘り起こす農夫、排泄物で地を肥やす動物などによって栄養分を供給され、成長してきました。私が生まれるまでになければならなかった数多くのものを考えてみれば、それは本当に奇跡のようなことです。生きていること自体が奇跡です。歩くことができるということも奇跡です。考えて見れば、私の存在自体が一つの奇跡なのです。
いかなるものも私たちと分離することはできません。私たちは、過去に生きていたすべての先祖たちによる産物であり、同時に、これからの子孫たちに伝える血統をもっています。過去と未来が私たちと離れているのではなく、今この瞬間、ここに共にあるのです。死後に私たちの肉身は土に帰り、生息する動物たちの栄養分になります。私たちの人生と自然の世界、太陽、月、宇宙などの生命は、すべて同じひとりの方から与えられたものです。
私たちは、被造物の一部であり、すべての被造物もやはり私たちの一部です。私たちがそうであるように、ほかのすべての存在も、やはり神様から創造されたからです。これが、なぜほかの人に傾く関心が、すなわち私自身のための関心になるのか、に対する説明です。
私たちが自己中心的で、分離主義的な行動をとるとすれば、自らを分離させて孤独な人になり、絶えることのない葛藤と緊張の人生を生きるようになります。しかし、自分が神様と被造世界、すなわちずべての人間と万物とどれほど深くかかわり合っているかということを悟るようになれば、踏みつけられていた心は平安になり、この広大な関係の中で私たちは自由になります。
神様、万物と共に一体を成して生き続けていくようになれば、すべての人たち、そして被造物と親密さを感じるようになります。太陽の光と雨、植物、動物に至るまで、すべての自然から受けていないものはないという事実を知るようになるのです。私たちを守ってくれ、保護してくれる多くのものと、思いやりのある人たちによって養育されてきたことを知るようになります。神様のもとの一つの家族としての人間愛を感じることができ、父母にとっての子供の存在のように、私たちがとても重要な価値をもっていることを知るようになるのです。
「天和堂」P81〜P85

Free Heart Leaf on Green Grass Creative Commons / Pink Sherbet Photography
”神様のもとの一つの家族としての人間愛を感じることができ、父母にとっての子供の存在のように、私たちがとても重要な価値をもっていることを知るようになるのです”
必要のない人は誰もいません。
みなさんは、価値のある人たちです。
自分自身も価値ある人間なのだと認め、知って、よりすばらしい人生にしていきたいです。価値ある人間なのだと認めることも、時として難しく思わされる時もあります。
そんな時こそ、自信をもって、神様と共に歩めたらと思います。
世界中が、神様のもとの一つの家族として、仲良くしていく、そんな世の中になっていければと願います。
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