2009年08月11日

統一主義と分離主義(3)

彼らもやはり私と同じことで苦労していることを自ら想起しながら、「苦痛ではなく、喜びの心をいつも維持することを願います。自分にはもちろん、他人にも平安な心で親切にすることを願います」

私は、個人的に誰かから審判を受け、批判されていると感じるとき、このような祈祷をします。慈悲と同情を施したとき、私は防衛的になるのではなく、復讐心が心の中で収まっていくのを発見しました。私を批判する人のためにそのような祈祷をささげたとき、私には「怒りと憎しみの列車」の変わりに、内的な落ち着きと平和の感情が訪れてきました。


健康に関して語るとき、肉体の健康だけを語ることはできません。私たちが肉体的なステロイドを服用してはいけないように、精神的なステロイドもまた同様です。ステロイドは、私たちを大きく、強く、力があるように見せ、しばらくの間、柔軟で壮健な筋肉をつくってくれるかもしれませんが、その効き目がなくなれば、薬の副作用によって心臓と肺が傷つき、呼吸器と循環器が傷つくなど、体が壊れてしまうのです。精神の場合でも、これと同じです。残念ながら、精神の面でも、これと同じような罠がたくさんあるため、このような例えを挙げているのです。

自分は、そのような類の人間ではないと否定するかもしれません。しかし、私の見解では、自らを正確に見れるなら、これと似た毒性の物質を、霊的にどれほど多く服用しているかを知ることができます。私たちは、秘密に勝敗の対象をつくって具体化させた自我への中毒者であり耽溺者です。とても苦痛で不快なことですが、このような事実をして認めるとき、本当の修練が始まるようになります。問題があることを知ってこそ、それを直せる力をもつようになるのです。

「天和堂」P73〜P76


the shrivelled core of my heart / obenson

なかなか、自分を攻撃する人、非難する人には、このような祈りは出来ないものです。
見るのもいやだし、なんといっても、関わりたくないというのが正直なところです。
他人であれば、そうすることも可能でしょう。
しかし、もしも、学校でそのようなことがあった場合や、会社などの人間関係などで、あった場合など、関わらないことが出来ない場合は、本当に苦悩してしまいます。

自分を批判する人のために祈る。
本当に心が広くなければ出来ないことです。
そして、皆家族だと、一緒なのだと思わなければ、とうてい出来ないことだと思いました。

自分の足りなさを認め、問題があることを認めて、解決していきたいと思いました。

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posted by はっぴー at 00:06| Comment(2) | TrackBack(0) | 天和堂 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
皆家族だと思うこと、大切ですよね。
批判する人に対して、その人の幸せを祈れたら、素晴らしい世界になるな、と思います。
Posted by hikoboshi_love at 2009年08月11日 00:52
hikoboshi_loveさん、
コメントありがとうございます!

素晴らしい世界になるなる。
まさにそうだと思います。
Posted by はっぴー at 2009年08月11日 11:35
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