2009年07月30日

なぜ心と体の統一が必要か

宗教家の伝統の中で、真の父母様ほど心と体の統一を強調した前例はないでしょう。

真のお父様は、心と体の間の葛藤が、神様とサタンとの争いにおいての”最も深い根”であると語られました。

統一教会創立50周年の記念式で、お父様は次のように語られました。

皆さん、良心は皆さんの主人です。皆さんの師です。皆さんの父母の代わりです。良心は、皆さんのすべてのことに対して誰よりも先に知っています。皆さんの考えまでも、隅から隅まで知っているのが皆さんの良心です。師より、父母より、神様よりも先に知っています。(中略)父母の代わりに贈ってくれた良心を、無慈悲に蹂躙した肉身ばかりにしがみつき、その肉身の欲望に捕らわれて無為に歳月を過ごして一生の幕を下ろしますか」
(神の祖国と平和王国は開放と釈放圏の上で)

これが心身統一訓練の正確な本質です。私たちは、良心を覆い隠し、踏みにじっている利己心をきれいに掃除する訓練をしなければなりません。心身統一の訓練を通して、良心がもつ本然の知恵を強化させ、要塞化することができなければなりません。知的な探求とは対照的な良心、または本然の霊感を啓発することにより、堕落していない本性の心と性質を一つに結ぶことができるのです。

「天和堂」P27〜P30


Portuguese Window / Fr Antunes

どんな犯罪者でも、ほとんどの人が良心の呵責があります。
あると信じています。
良心だけは、堕落していず、神様が創造されたそのままの部分だそうです。

良心は、良いこと、悪いことを心得ています。
良心は、神様に通じる道を示してくれています。

こんな例えがあります。

砂漠の中、自分と仲間と2人でさまよい続け、いつ砂漠から出られるか分かりません。
そしてとうとう、命の綱である水があと、たったコップ一杯だけになりました。
しかも自分だけがこの事実を知っています。
その時、あなたなら、どうしますか?

A,自分が、仲間には内緒で全部飲み干す選択。
B.平等に半ぷんこする選択。
c,全部仲間に与えてしまう選択。

多くの場合、妥当なBを選択するかと思います。
しかし、良心はそれでは満足していないといいます。
「全部、仲間に与えよ」

良心は、命にかかわる一大事でも、関係ないと言います。
C,を選択しなさいとひそかに小さな声がしてきませんか?
Cを選んだとしたら、どんなに良心が満足することか・・・しかし、命の危険も伴ってきます。

心ではCをひそかに思いながら、体では、Aを選択せよと言ってきます。
なので、良心の呵責が起きない程度の妥当なBを選択するのではないかと思いますがどうでしょうか?


このような選択が、日常的な場面でもいろいろな形で現れてきます。
そして良心は、命がけで迫ってきます。
霊的にも、肉的にも。

心と体を統一することは、なかなかできることではありません。
だからこそ、訓練が必要であり、本然の知恵が必要です。

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posted by はっぴー at 00:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 天和堂 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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