2009年07月23日

天一国主人

私は兄の死を経験し、また自分自身の有限性を心の底から実感してみて、私の優先事項が変わったことをおのずと知りました。それはもはや、単に格好良くなりたいとか、金持ちになりたいとか、素晴らしくなりたいということではありませんでした。

それはむしろ、慈悲深さそのものに、”成る”ための訓練をすることであり、また愛そのものに、謙虚さ、感謝、情け深さ、真実さ、忍耐、自粛、平静、同情心、赦し、思いやり、理解、深い感謝等々、これらの徳そのものに”成る”訓練をすることに変わったのです。

これらは、限界をもたない原理であり、したがって私たちはこれらの原理から、限りない幸福感、力を実感することができます。 −そしてもちろん、このことは、私たちが限りない報復を、理解を、あるいは力を、世界に対して、”与えられる”ということも意味しています。

とはいっても、私は自分が不足であって、よく失敗するということを認めます。つまり、欲求不満に陥ったり、怒ったり、憎んだり、恨んだりしてしまうのです。私はみんなに対して、自分は最高の偽善者だと言っています。

私は、自分自身の偽善者を知ることが、霊的成長をするためには欠かせないことだと信じています。
自身の不足に取り組むことができ、霊的実践を深めることができます。私たちにとっては、これらが真の父母様の確信的教えです。これらが永遠に残る価値です。これらが真に人を代え得るものです。

私にとって、「天一国」主人になるということは、以下に述べるように、単純ですが、簡単なことではありません。統一運動は、私の愛情の深さ”以上に”愛情深くなることはできません。統一運動は、私が慈悲深い”程度にしか”慈悲深くなることはできません。統一運動は、私が平安である”程度にしか”平安であることはできません。私たち一人一人が「世界平和統一家庭連語」なのです。”あなた”こそが、この運動のそのものであり、”あなた”こそが、「神の宮」なのです。

「はげ頭と苺」P144〜P147

統一運動と言ってみても、誰か素晴らしい特別な人がするものではなく、その運動をするのは、あくまでも、自分自身一人一人であり、自分が成長している分だけ、悟っている分だけ、成っている分だけ、その活動が成されていくのだと思いました。

誰かがするものではなく、何かご利益的な神秘的な、神がかりな、特別なものではなく、私たちの手で、作り上げていくものなのだと思いました。

しかし、一人の力ではとうてい出来ないことでもあります。
世界のみんながこのことをよくよく知り、努力して、成って行くことが、重要であり、お互いが共に善の競争をして、神様を喜ばす、孝行息子、娘になることが、最も重要なことだと感じました。

世界平和の第一歩は、相対者(夫や妻)を愛し、家族を愛することから始まると思います。
これは、誰でも努力することができますし、今日から、誰でもできることだと思いました。

わが家も頑張らないとね^^)/

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posted by はっぴー at 00:00| Comment(0) | TrackBack(1) | はげ頭と苺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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