2009年06月06日

【アダムは神様の似姿】

神様はアダムを創られる時、彼の形態、人相、人格などが無形世界の中心にいらっしゃる神様のような姿にならなければならない、という考えをもってアダムを造り出されたのです。
形がなければ形の世界を主管できないのです。

「真の神様」P23

という事は、アダムは神様そっくりだと言う事で、もしアダムがいたら、神様を見ているのと同じって事でしょうか。

最初の人類だから、それだけ気持ちが込められていたかもと思うのですが・・・?
でも、今も、人が生まれる瞬間は、アダムが生まれる瞬間と同じ思いで、神様は感動され、喜ばれているはず。
そうなると、”私”も神様に似ているはず。

自分の中の神様を見つけて、自分に自信をもって、毎日を頑張っていきたいです。



★--------★--------★--------★--------★-------

*今日も読んでくださり、ありがとうございます!*
↓よろしければ応援クリックお願いします
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ
にほんブログ村

★--------★--------★--------★--------★--------

posted by はっぴー at 00:40| Comment(2) | TrackBack(0) | 真の神様 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
イエス様は神様の愛を地上に現された尊いお方、神様の似姿のお方と私は感じています。

キリスト教はイエス様と出会い感動し御跡を慕われて多くの方が歩んで来られたと思います。

たとえ私とは程遠い素晴らしいお方だとしても、尊敬し愛しお慕いするその方の似姿になれたらどれほどいいだろうかと思いを馳せるのは人類共通ではないのでしょうか。

統一教会はイエス様を否定していません。イエス様の深い犠牲の愛の世界を文先生は私達教会員に教えて下さいました。

私は統一教会に来てはじめてイエス様の素晴らしさを理解しました。

しかしその犠牲の愛の実体に、似姿になれていない自らの不足さを痛感するのです。
Posted by 幸せな家庭 at 2009年06月06日 10:59
私も同感です。
統一教会で、キリスト教の素晴らしさもイエス様の素晴らしさも知りました。

神様の似姿になっていきたいです。
Posted by はっぴー at 2009年06月06日 16:46
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。