2009年09月05日

創造原理 2

第一節
神の二性性相と被造世界
(一)神の二性性相

@神様の神性をいかにして知ることができるか

創造原理 2.gif

●無形にいます神の神性は、被造世界を観察することによって、知ることができる。
●作品を見て作者の性稟を知ることができるように、被造万物をみることによって神の神性を知ることができる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・☆

私たちの住むこの人間を含めた宇宙をみる時、神様が私たちを作られた動機が、よく分かると思います。
私は、細部までよく考えられ、計画されたように感じることから、たんなる偶然にできたものではないと思っています。

神様がいるのかいないのか、論争する前に、私自身をよく見てみるとき、消しゴムにも創造した目的があるように、私自身にも、何かしら目的があって創造されたと考えるのは、ごく自然な考え方なのではないでしょうか?消しゴムよりももっと複雑な構造をもつ私たちが、ただ偶然にできたとは、どうしても思えません。

アメーバーのようなものから、突然変異や進化で人間ができたのではなく、最終段階として、始めから人間を造ろうとされていたと思います。
サルを作る前に、人間を造ろうと先ず、ご計画があったと思っています。そこで、人間の環境に適している、宇宙や地球、植物や動物などを創造されたのだと思います。
ですので、進化ではなく、はじめから人間を作ろうと思い、それに似た近い動物、植物と、最初からそれぞれめざして創造されたのだと思います。

人間と他の動物が受精卵の途中まで似ているのは、創造者が同じだという証なのだと思います。ある法則をもって創造されているからです。
あらゆる動物の声まねができるのも、動物と同じ機能があるのはそのためだと思います。

赤ちゃんのためにいろいろ準備するように、神様は、子供である人間のためにたくさんのものを準備して下さったのだと思います。
それだけ私たちは、特別な存在で、そんな神様を知るだけでも、おのずと自分を大切にし、自然を大切にし、自分以外の全てのものも大切に出来る本来もっている、優しい心が表に現れてくるのではないかと感じます。

科学的に神様を証明した人はまだいませんが、それは、私たちが無知なだけであって、証明できないからといって、神様はいないという証明にはなりません。

その科学でさえ、不完全なものだと思っています。
なぜなら、科学は、神様の一部分を少し発見したにすぎず、全てを明らかにしているわけではないからです。
もし、完全に科学が解かれたとするならば、それこそ、神様の実在の証明になるのではないかと思っています。


posted by はっぴー at 18:10| Comment(13) | TrackBack(0) | 原理講論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

夫婦一緒の修練 7瞑想と沈黙1

深く静かに呼吸しながら、心と体を平和に、配偶者に対してより深く理解するようになったことを喜びながら、瞑想と沈黙の時間をもちます。

今、私たちが人との関係において、どれほど頻繁に怒りに支配されているかを垣間見ることができるようになりました。誰かからひなんされれば、それを受容することを拒否し、賞賛されればそれに陶酔し、それ以外は考えようとしません。正にそれが問題です。
「天和堂」P150


Heart in the soil / ! T.a.b.ú]
↑(愛は、街角のどこにでもころがっているけれど、それを見つけるのは、必死になって努力しないと見つからないものなのかもしれません)


誰でも、自分のことを悪く言われれば、気分が悪くなります。
しかし、ただ、それで怒りに身をまかせてしまうのは、小さな子供にも出来ることです。

人生の中で、何を学んで、何を訓練してきて、どう生きてきたのか。

だれでも出来ることではなく、どちらかといえば嫌がることの中にこそ、真実があり、回答があり、また、自分自身の成長することが可能な瞬間がひそんでいるのだと感じました。

宗教事態も、誰でも出来ることのようで、なかなかそのようになっていけない自分自身というものがあります。
宗教は、日ごろ、見失いがちな、そして、見ないふりをしてしまいがちな内容に目をむけ、考え、そして、実践していく事なのかなと思います。

誰もが思う良いことは、やるのは良いと思っていても、実際やれる人は、ごく一握りの人しかいないし、なかなかできるものではないと感じるからです。
ことさら、宗教は偏見も多いですし^^;

夫婦間においても、やれば、喜ぶだろうと考えていても、実際やらなければ、相手には、何も伝わらないし、何も発展もしません。
称賛を受けることだけ、愛を受けることだけ待っていても、何も得るものはないと感じました。
妻も、夫もです。
女性は特に、愛されたいと考えがちですが、女性だからこそ、愛を形に表すことを、たくさん考え、与えようと努力することは、大切なのだと感じました。

愛を受けて、賞賛されて満足し、相手のことを多少知ったからといって、安心するのではなく、知ったところからスタートだととらえて、努力していける自分となれたらと思いました。

★--------★--------★--------★--------★-------

*今日も読んでくださり、ありがとうございます!*
↓よろしければ応援クリックお願いします
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 宗教へ
にほんブログ村

★--------★--------★--------★--------★--------
ラベル:沈黙 瞑想 問題 理解
posted by はっぴー at 00:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 天和堂 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。