2009年08月27日

「思いの列車」に命名する

とても現実的で実際的な利得を与えるこの偉大な洞察力を、配偶者と和合することに適用できるのです。挫折を感じたり、怒りが出てきたりしたときは、すぐに「思いの列車」に命名のノウハウを適用し、それらを細かく砕き、過ぎ去るのを待ちます。そうしたのち、再び呼吸に戻り、深くて穏やかな息をすることによって、汚染され挫折していた空気を送り出すのです。この過程を反復すれば、最後には平静の状態に至り、静寂を味わうようになります。もし、再び想念の列車が来たとしても、こうした過程を反復すればよいのです。

これは、配偶者を尊敬するだけでなく、自らを尊重する修練でもあります。私たちは、憎しみ、怒りを暴力的に処理する部類の人たちより、はるかに優れた人たちではないですか。分裂よりは和合を、憎しみよりは平和を渇望する統一教会員として、私たちは、必ず心と体を統一させなければなりません。

配偶者との関係に適応しているこの修練は、例えば、子供や兄弟との関係でも適用されます。既に見てきたように、一度自分の心身統一訓練の”筋肉”をつくって育てておけば、ほかのどの関係の中の障害物もすべて克服できるようになります。もし友人をねたむ心が生じたなら、「ねたむ心」という名札を付け、その列車がそのまま通り過ぎるようにする洞察力がもてるでしょう。ねたみ嫌う心をもって思いの列車に乗った人は、もっと遠くに行って、”嫉妬の地”にたどり着き、そこでまたほかの列車に乗って”裁きの地”に行くようになり、続けて”憎しみの地”に向かう列車に乗り換えるようになるのです。これは恐ろしい例えにになりますが、不幸にも、今私たちが暮らしす世の中でいくらでも起きていることです。

古代の文献の中でも、このような主題を見ることができるのですが、最も明確な例は、聖書のカインとアベルやヨセフと兄弟たちの話であり、あまり知られていない例としては、ダビデ王の嫉妬心に満ちた欲望などがあります。仏教でも、嫉妬に関する話が「ディーガ・ニカーヤ」の「沙門果経」に載っています。釈迦の親戚の提婆達多は、教団の首長である釈迦の地位を占領したいと思う嫉妬心から釈迦を殺そうとします。このように、歴史的に宗教でも、ねたみと嫉妬、貪欲などにはまり込む人間の姿を扱わなければなりませんでした。
「天和堂」P131〜P133


Mixed Roses Spring / Kaz Andrew

聖書でのアベルとカインも、ヨセフの兄弟も、ダビデ王も、そして、宗教家であっても、避けることのできなかった思いが、今の私たちにも、同じように繰り返し巡ってきます。

それは、大事な夫婦間も、兄弟間であっても同じです。

時間が経てば、いずれ過ぎ去っていく感情ですが、過ぎ去ることができなければ、ずっと根に持ったり、暴力という形にはしってしまったり、血気怒気は特に良くないものと思います。

ねたみ、嫉妬して、最初に霊界に行ったのは、アベルでした。
人類始祖から、できなかったことをしようとするのですから、それは、とても難しいことと感じます。
しかし、訓練法を知った今、そして、神様を知り、文先生のみ言を学んだ今、方向性が分かる分、心強いと感じます。

もっともっと、夫婦間にいかせたとしたら、離婚もない、不倫もなくなり、なげく子供も、いがみあう家族もいなくなり、家庭の中に、本当の平和ができると共に、世界中も平和につつまれていくようになるのだと思いました。

そんな世の中になると良いですよね!!

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ラベル:洞察力 配偶者
posted by はっぴー at 01:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 天和堂 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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