2009年08月01日

神に聞くこと

カント的思考、すなわち「人間のすべての経験は、理性の範疇の中で理解されなければならず、本質と対象の間には、一定の距離がある」という理論は、心と体の深い調和や、人間は神と結合されている存在であることを理解しないところに起因しています。

カントの還元主義、複雑な思想や命題などを、より単純化して説明しようとする主義に反し、私たちは、心身統一訓練をすることによって、有限な認識と知性を超越して、神と結合することができ、至高の善と愛、知恵の根源、私たちの本心に触れることができます。

人間に対する神様の愛によって、私たちは、広大な時間の中に溶け込み、人間の領域を超え、神様と結合することができます。神様の愛によって私たちの心情は、世の中の悲しみと苦悩を感じるように導かれます。

このような形の祈りを通して私たちは世界と連結していることを深く感じるようになります。すなわち、私たち全員が神様の子供であることを知るようになるのです。自分だけを中心とする意識から抜け出し、究極的に、すべての人間と万物にまで意識は拡張します。

死んでいく子供を抱いてあやす、ある母親の苦痛があまりにも深く感じられ、私たちは実際にその母親になります。また、彼女の胸で死んでいく子供にもなります。

私たちは、正義の名でほかの父親を殺す父親でもあります。

奴隷や売春婦として強制的に引かれていく苦痛を受け入れる人であり、同時に、奴婢や売春婦を売り買いする人でもあります。

私たちは、裕福でもあり貧しくもあり、自由でもあり抑圧されてもいます。
私たちは、自分自身を世の中から分離することはできません。
私たちは、喜びをもっている人間性と同時に、不幸にもこのような”傷”の一部でもあるのです。

「天和堂」P33〜P34


Parkview / chris bartnik photography

私たちは”傷”の一部でもある。
良い部分だけみて、あとはフタをすることは、本当の世界、本当の神様を見ていないことで、そして、本当の意味で神様を分かっていないこと。

神様は、”傷”をおっています。
誰かの中に、私の中に、傷があるうちは、決して、神様の傷は癒せません。

自分が実際したことではないかもしれません。
当時のアダムとエバではなくても、人類は同じ間違いを何度も何度も繰り返し、神様を除外し続けてきました。

私も同じで、統一教会に来るまで、もしかしたら、他宗教を信心していたとしたら、いまだに本当の神様の姿を知らないでいたかもしれません。

世界中に、不幸な”子供、親”そして”わたし”は、たくさんいます。
一見裕福な日本でも、問題がたくさんあります。

お金持ち≒しあわせ
裕福がかならずしも幸福ではありません。
どれだけ神様と結合されたかによるのだと思います。

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posted by はっぴー at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 天和堂 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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