2009年07月14日

神様は心情の真ん中に

私たちが、私たちと神との、あり得る関係のもっている根本的な性質について誤解しているために、多くの場合、私たちは、神から見捨てられたと感じたり、答えが返ってこないと思ったり、祈りが聞かれていないと思ったりしてしまうのです。私たちが神様との関係をどこか外に求めているために、別れていると感じるのです。訓読会シリーズの本「成和学生の道」の中で、お父様はこう述べておられます。

「それでは神様は、どこにいらっしゃるのでしょうか。神様は霊界にいらっしゃるのではなく、私たち一人一人の心の中、心情の真ん中にいらっしゃるのです」(5ページ)

これによって明らかですが、私たちは、深く自分自身の中をみつめなければならないのです。−本心という宝石を磨かなければなりません。私たちの生来の善、思いやり、愛等々に、再びつながることはできなければなりません。もしも、私たちが神様を空中に求めるならば、常に目の前にある愛に満ちた賜物を見ることはできないでしょう。

私たちのほとんどは、歩いたり、走ったり、息をしたりできるという賜物を与えられています。命、健康、友達、愛する人々、そして美しい日没を見ることのできる能力、すがすがしい朝に鳥のさえずりを聞く能力等の賜物を与えられています。

考えることができ、夢を見ることができ、他の幸せを願うことができる。そういう賜物を与えられています。

私たちが生来的に他の人たちよりも優れているゆえに、このような深淵な賜物を経験することができるのだとは、私は思いません。それは決して誰かが「より善だから」、あるいは「より強いから」、また「より資格があるから」ということではあり得ません。それはただ、与えられたものなのです。

「はげ頭と苺」P111〜P112

ごく普通の人ならば、誰もが、当然、普通に、当たり前のように感じていることは、神様からただただ、与えられているものなのです。

感じて当然ではないのです。与えられているから、感じることができます。
生きていることですら、もうすでに、愛され、与えられています。

心から感謝の心を持ち、本心という宝石を磨かなければなりません
一人一人等しく、誰もが宝石の原石を神様から与えられています。
それを磨くのは、自分自身、光り輝かせるのも、自分自身。

最高に光り輝く宝石にしていきたいものです。

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posted by はっぴー at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | はげ頭と苺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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