2009年07月11日

宗教相互間

神学や、神話、物語、あるいは宗教儀式においては、多くの”変形”があるかもしれません。しかし、私たちが忘れてはならないのは、これらの変形を下から補強している共通の”主題”こそが、それぞれの宗教に属する人々に、他者に対し、愛に満ちた、思いやりのある、あるいは助けようとする生き方をするように、強く要請しているということなのです。
このことは、真の文化相互の、また宗教相互間の理解と寛容を促進するにおいて、大きな希望です。

宗教間の対話だけでは充分ではありません。私たちが”統一そのものに成らなければ”ならないのです。ですから私は、信仰をもった人々が、他の様々な宗教的背景をもった人たちと経験を共にし、共に実践をし、共に礼拝し合うことが非常に重要であると確信しています。
もちろんこれは簡単なことではありません。というのは私たちが、偏見や先入観を持ち込むのは、避け難いことだからです。そこで、成すべき仕事は、宗教人たちがこのような傾向性について、もっと自覚を深め、他の宗教に対して同胞として受け入れる心を備えることです。このことは、自分自身の所属する伝統の道徳的価値を捨てることではなく、他の兄弟姉妹との間に相違点を探すのではなく、むしろ一致する点を探すことを、もっと固く決意しなければならないということです。

「はげ頭と苺」P93P〜94

”一致する点を探すことを決意する”
決意をしなければ、本当に難しく、解決できないものなのでしょうね。

自分が自分でいるかぎり、他と違うところを自然と探して生きているように思えます。
それは、個性ともいいますが、個人の場合は、それは良いことでもありますが、だからといって、他を攻撃するのはお門違いですよね?

神様からみたら、みな一緒、同じ神様が創造した人間なのです。
価値観の違いは、動機が良いものなら、極論、どう思っても良いと思います。

私自身も、犯してしまいがちなのは、相違点を探してしまうということです。
相手とどれだけ違うか探すよりも、同じ部分を探して歩み寄っていくことは、ものすごく発展性があることだと思います。

男女間、夫婦間も、同じことが言えますよね?
あらゆる人間関係は、そう感じます。
同じ部分を見つけないとどんどん離れていってしまいます。
そう感じませんか?

宗教は、人間が信仰しているもの。
人間同士です。
同じ人間なのなら、一つになることも可能なのだと思います。

それにしても、”信仰をもった人々が、他の様々な宗教的背景をもった人たちと経験を共にし、共に実践をし、共に礼拝し合う”ことが本当に実現したら、夢みたいな話しですね^^
実現できるといいですし、そうできると信じて頑張ります^^)/

★--------★--------★--------★--------★-------

*今日も読んでくださり、ありがとうございます!*
↓よろしければ応援クリックお願いします
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 宗教へ
にほんブログ村

★--------★--------★--------★--------★--------


posted by はっぴー at 00:18| Comment(3) | TrackBack(1) | はげ頭と苺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。