2009年07月04日

真の宇宙的な心

私が、お父様と話す中に示された心ー私が真の宇宙的な心であると信じているそのような心ーを反映した人に、いまだ一人も会ったことがありません。宗教指導者の神学の発展と進歩について注目することが、非常に重要であると思います。お父様が「原理講論」、あるいは初期において体系化された教えを超えて生きておられ、今でも「統一原理」をたゆまず発展させ、新しい内容を教えていらっしゃるということを、多くの人は忘れています。
不幸なことですが、よくあることは、従う者は指導する者よりも、はるかに考えが狭いということです。お父様はこのようにおっしゃっていました。「私に従う人たちは、太陽の光を十分利用することすらできる時なのに、ランプの光で満足しているのだ」と。しかし幸いなことに、私が出会った統一信徒の大半は、ある教派からは通常”サタン的だ”とみなされている他の宗派に対しても、深い評価と尊敬心をもっていました。
宗教における根本主義は、時に殺戮、侵略、聖戦などの恐ろしい残虐行為を正当化するために利用されてしまう、重大な害毒です。その最も中心的な欠如として、全人類が、共通の神聖なる根源から由来する兄弟姉妹であると見ることができないという性質をもっています。「救われた者」か「呪われた者」かという立場からしか見ることができないのです。

しかし、お父様の教えは、私たちは一人では天国に入れないのです。家族と一緒にーそうです、人類という家族とー入るようになっている、というのです。その教えは”万民の救い”であり、ヒトラーやスターリンや、あの悪魔サタンさえもが神の広大なる愛の中で赦されたというのです。

「はげ頭と苺」P59〜P60

「私に従う人たちは、太陽の光を十分利用することすらできる時なのに、ランプの光で満足しているのだ」

統一教会に出合って、真理に出会い、それだけで満足してしまう。
それだけでは、地上天国はできません。

愛の実践、あるいは、よりいっそう原理を求め研究し、広い視野をもって、天国を建設していかなければ、何も変わらないのです。
そして、私自身が証し人となれるように、文先生を研究し、文先生の似姿とならなければいけないと思います。

しかし、自分が文先生を証せる姿となれているのかどうか自信がもてず、臆病になっているのも確かです。

すぐ近くにいる、会社の同僚、ご近所の方、何よりも、親族、家族など、より近い者ほどシビアに見られていると思います。

神様と、天運と共に歩める私たちですから、もっと自信をもって文先生の心”真の宇宙的な心”を発信していけれたらと思います。

がんばります!!

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posted by はっぴー at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | はげ頭と苺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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