2009年07月24日

ぼくらのうた

私、歌はだ〜いスキです^^
歌は国境を越えると言いますもの。
心を潤す歌を時々紹介していこうと思います。

今回は「おかあさんといっしょ」から
ぼくらのうた”です。

神様の、地球、人類の創造を感じさせる歌です^^
↓↓↓


毎日子供と一緒に見てますが、子供の歌といえども、あなどれません。
けっこういい歌たくさんありますね^^
posted by はっぴー at 17:22| Comment(1) | TrackBack(0) | 心を潤すうた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

栄光の王冠


私が人を疑う時、私は苦痛を感じる。
私が人を審判する時、私は耐えることができない。
私が人を憎悪する時、私は存在の価値を失う。

しかし、もし私が信じれば、私は間違いなくだまされる。
もし私が愛すれば、私は反逆に遭う。
今宵、私の頭と身は、苦痛と悲しみに震えている。
私が間違っているのか?

そうだ、私が間違っているのだ。
しかし、私がだまされても、私はまた信じる。
私が反逆に遭っても、私はまた赦す。
私は私を憎悪する者を、ことごとく愛するだろう。

おお主よ!愛するという痛みよ!
私の手を見てください。
この私の胸に主のみ手を当ててみてください。
私の胸は、言うに言えない苦悩の中で破裂しそうだ。

しかし、私は反逆した者を
私が愛する時、勝利を成就するだろう。
もし、あなたも私のように愛するなら
私はあなたに栄光の王冠を捧げよう。

  「栄光の王冠」文鮮明 1936年(16歳の時に書かれる)



「はげ頭と苺」P148〜P149

恩讐を愛する。
自分を攻撃するもの、愛せないものを愛する。
実際に実践してこられたからこそ、この詩が生まれたのだと思います。

文先生と志を共にする者が現れ、同じ心情を味わい、苦痛の中、あえぎながらじっと忍耐し、それが感謝の心となった時、初めて文先生の心情を理解できるようになれるのではないかと思いました。

韓国の映画でも見られる傾向がありますが、
韓国の国民性には、「恨(ハン)」というものがあります。
あだ討ちを美談にしてきた日本には分からない世界だと思います。

「うらみ」ではなく「ハン」です。
韓国歴史の中、ずっと侵略され続けた国だからこそ、生まれたものだと聞きます。
自分の中でグッとこらえ、誰かを恨むのでもなく、自分を責めるのでもなく、行き場のない、どうしようもない心情のことです。
しかし、それであっても、前向きに生きていこうとします。

すぐ何かと誰かのせいにしたり、自己正当化ばかりしてきた私にとっては、こんな世界を理解するのは、本当に時間がかかったし、まだ、本当の意味としては、理解していないと思います。

誰かを恨んだり、自分を責め続けて動けなくなる事は、ある意味、楽な方法、手段だと思います。


神様も、人類が堕落してから、この「憎(ハン)」の思いを抱いて来たと言います。

そんな神様の心情を解放できるのは、私たち一人一人です。
誰が欠けても解かれません。
私たちの救いは、神様の救いでもあるのです。

☆・・・・・☆・・・・・☆・・・・・☆・・・・・☆・・・・・☆

今日は私から感謝をこめて^^
私の大好きな曲スリーバージョン!
o(≧∇≦o)(o≧∇≦)o  ヤッターーー

★Global Peace Festival のテーマソング
「One Family under God」by Limi&Miki日本語版^^
(邦題:ここからはじまる)
(”color of love”大好きです^^)
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★GPFオリジナルテーマソング
"Where Peace Begins"
GPF2007フィリピン版^^
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★GPFテーマソング・マレーシア版^^
"Where Peace Begins by Jaclyn Victor and Danell Lee"
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今日で「はげ頭と苺」読み終わりました^^
また明日、新しい本を読んでいきます!
お楽しみに(^^)/

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2009年07月23日

天一国主人

私は兄の死を経験し、また自分自身の有限性を心の底から実感してみて、私の優先事項が変わったことをおのずと知りました。それはもはや、単に格好良くなりたいとか、金持ちになりたいとか、素晴らしくなりたいということではありませんでした。

それはむしろ、慈悲深さそのものに、”成る”ための訓練をすることであり、また愛そのものに、謙虚さ、感謝、情け深さ、真実さ、忍耐、自粛、平静、同情心、赦し、思いやり、理解、深い感謝等々、これらの徳そのものに”成る”訓練をすることに変わったのです。

これらは、限界をもたない原理であり、したがって私たちはこれらの原理から、限りない幸福感、力を実感することができます。 −そしてもちろん、このことは、私たちが限りない報復を、理解を、あるいは力を、世界に対して、”与えられる”ということも意味しています。

とはいっても、私は自分が不足であって、よく失敗するということを認めます。つまり、欲求不満に陥ったり、怒ったり、憎んだり、恨んだりしてしまうのです。私はみんなに対して、自分は最高の偽善者だと言っています。

私は、自分自身の偽善者を知ることが、霊的成長をするためには欠かせないことだと信じています。
自身の不足に取り組むことができ、霊的実践を深めることができます。私たちにとっては、これらが真の父母様の確信的教えです。これらが永遠に残る価値です。これらが真に人を代え得るものです。

私にとって、「天一国」主人になるということは、以下に述べるように、単純ですが、簡単なことではありません。統一運動は、私の愛情の深さ”以上に”愛情深くなることはできません。統一運動は、私が慈悲深い”程度にしか”慈悲深くなることはできません。統一運動は、私が平安である”程度にしか”平安であることはできません。私たち一人一人が「世界平和統一家庭連語」なのです。”あなた”こそが、この運動のそのものであり、”あなた”こそが、「神の宮」なのです。

「はげ頭と苺」P144〜P147

統一運動と言ってみても、誰か素晴らしい特別な人がするものではなく、その運動をするのは、あくまでも、自分自身一人一人であり、自分が成長している分だけ、悟っている分だけ、成っている分だけ、その活動が成されていくのだと思いました。

誰かがするものではなく、何かご利益的な神秘的な、神がかりな、特別なものではなく、私たちの手で、作り上げていくものなのだと思いました。

しかし、一人の力ではとうてい出来ないことでもあります。
世界のみんながこのことをよくよく知り、努力して、成って行くことが、重要であり、お互いが共に善の競争をして、神様を喜ばす、孝行息子、娘になることが、最も重要なことだと感じました。

世界平和の第一歩は、相対者(夫や妻)を愛し、家族を愛することから始まると思います。
これは、誰でも努力することができますし、今日から、誰でもできることだと思いました。

わが家も頑張らないとね^^)/

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