2009年07月28日

世界平和は、個人完成、風諭統一、家庭の統一から

私自身の生活を見るとき、父と夫の役割をしながら、同時に厳格な霊的修練をしていくということは、とても大変であると認めざるを得ません。しかしそれは、価値あることであるばかりでなく、非常に統一教会員的な考えであり、努力であると信じています。

たくさんの統一教会の信徒たちが、霊的な訓練を追及すると同時に、より良い父母と配偶者になろうと熱望してきました。個人の段階から霊的な訓練をするならば、子供たちや愛する人たちと過ごす時間を、どのように霊的な修練と実習の延長として変化させ得るかを学べるでしょう。

この本は、@個人的次元の心身統一、A夫婦次元の統一、B家庭的次元の統一に関して扱っています。

真の父母様は、私たちに個人完成と真の家庭を成すことよりもっと多くのこと、例えば、社会で働き、真の国家を建設することなど、より大きなことを期待していらっしゃることをよく知っています。
しかし、私は、最も基本的なこと、ここでは個人的統一と真の家庭を成すことが、世界平和など、より大きな目的を成すにおいての跳躍台となることを疑いません。

私たち自身の変化なくして世界を変化させようとすること、自分は変わっていないのに家庭を新しくしようとすること、個人の改革なくして社会を改革しようとするようなことはあってはいけません。

改革は、最も基本的な段階、すなわち一人の男性と一人の女性が、それぞれの心と体を一つにしたのち、夫と妻となり、健全で堅固な真なる家庭をつくることから始めなければなりません。
「天和堂」をつくることによって始めなければならないのです。

「天和堂」P15〜P16


Lily's Pad / brettneilson

自分が変われば、回りが、世界が変わる。

ともすれば、誰かのせいにしたり、言い訳したり、正当化してしまう。
そんな事ばかりしていては、何の成長も、何の悟りも、何の関係もなくなってしまうと思います。

家庭をもつということは、自分を犠牲にするところから、始まるような気がします。犠牲といっても、恨みになるような犠牲ではなく、喜びのための、幸せのための、したくてしょうがない犠牲です。

子供に対してなら、少なからず、犠牲になったなんて感じる人は本当に少ないと思います。そのような心を、配偶者に対しても感じることができたのなら、ものすごく近い存在になるのではないかと感じます。

ために生きること事態、誰かを愛すること事態、どこか、犠牲を伴っていると思うのです。でも、その犠牲は、犠牲とも感じない、逆に喜びと感じる犠牲なのです。

そして、その喜びの犠牲を多くした分だけ、家庭の中では、主人になれるのだなと感じます。愛の主人です。

そうなるには、個人の段階において、幼い頃のままの自分では、自己中心なだけです。やはり、個人の成長なくして、よりよい真の家庭はつくっていけないのだと感じます。

よく、「家には大きな子供がいて・・・」なんて、ご主人の事を表現したりしますが、ある意味、間違ってないですよね^^::

★--------★--------★--------★--------★-------

*今日も読んでくださり、ありがとうございます!*
↓よろしければ応援クリックお願いします
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 宗教へ
にほんブログ村

★--------★--------★--------★--------★--------
posted by はっぴー at 00:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 天和堂 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月27日

君を乗せて

心を潤すうた。
天空の城ラピュタの「君を乗せて」です^^
↓↓↓


アニメも大好きですが、この曲、
去年だかおととしだかの、小学生の部の合唱コンクールで歌われてました。
礼拝後に、たくさん練習した歌声を披露して下さった事がありまして、
何度も涙が溢れてくるのを我慢した記憶があります。

子供たちも可愛かったのですが、詩がとてもジーンとしました^^

それからというものの、この曲を口ずさむたび、涙がチョチョギレそうになります^^



この歌を聞いていると、母親と、父親の存在って、本当に大事だな〜って思わされます。
役割も感じられますよね。
そして、その子供は、胸を張って、(人生という)旅に出られるのかどうか。
そんなメッセージが込み上げて来る気がします。

自分の子供に、どんな影響を与えられるのか・・・・。
良い影響を与えられたら良いなと思います。
posted by はっぴー at 10:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 心を潤すうた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

まず、心と体の統一を

この本ではまず、個人の次元での”心と体の統一”を扱います。
なぜならば、結局は個々人が集まって夫婦となり、家庭と社会と世界をつくるからです。

私たちの中には、個人的修養について十分に理解し、強調しないまま、家庭のみを重視してしまう傾向があります。「真の家庭建設」という目標に向かっていく過程で、個人の適切な精神的訓練はあまりせず、ただ「真の家庭」という枠にあてはめようとします。

家族間においても、腹を立てれば人を批判したりしますが、実際にこれは、自らの怒りを調節できないために起きる現象です。
じっと内面をのぞき込んで見れは、自分の内面の”調節力不足”を正当化させたり、さらには、それを覆い隠したりしているのです。

私たちは時折、「真の家庭」という名のもとに、子供たちにいかなる疑問も提示できないように、強圧的な接し方をしようとします。家庭内でも、ほかの家族に不和や不満足の原因を向けることがありますが、このような例は挙げればきりがないでしょう。

このような問題は、家庭を構成している、より根本的な”個人”を見落としていることから来るものです。私たちの「統一思想」は、ほかの思想と最も大きく区別される特徴の一つとして、”家庭の重要性”を挙げています。これは正しいとしても、より重要な統一思想のテーマである”個人完成”や”心身統一”の必要性、また、”横的八段階”の完成は、個人から家庭、氏族、社会、国家、世界、天宙、神様へと拡大していき、その第一段階は個人であることを忘れがちなのです。

すなわち、要点は簡単です。まず、個人的な段階からの修養をおろそかにしては、真の家庭はつくることもできず、訪れることもないということです。

日の沈む頃、海辺で妻と子供たちと一緒に踊っている一人の男性のイメージのような、”空想の幸福な家庭”の姿ではありません。家庭という枠の中で生きている事実は、夢を見るように漠然としたものではなく、非常に実際的なことなのです。

心と体を統一し、怒りと憎しみと恨みを和らげ、感謝の思いとともに、内面の調和と喜びを育てたならば、より健康で祝福された結婚生活と家庭をつくるチャンスが多くなるのではないでしょうか!

「天和堂」P10〜P12

日本の最近のニュースを見ていると、暴力は、最も近い、家族と愛する人たちの間で最も頻繁に起きています。親が子供を、子供が親を殺害するという事件も耳にします。

自分のお腹を痛めたわが子を、信じられないと感じますが、もしかすると、今のこの間違った社会では、そうせざるを得ない環境や、心の病や、失望から、条件が揃えば誰でもそうなりうるものなのかもしれません。

私がこうして文先生のみ言に出会い、足りないながらも毎日四苦八苦努力できるのは、本当に恵まれていることだと思います。
こうしてブログを書いている中にあっても、生活苦や、育児ノイローゼや何かで、犠牲とならんとしている子供たちもいるかもしれません。
そう思うと、心が、引き裂かれそうになります。

夫婦間にあっても、不倫や離婚、DVなど、その他様々なことがあるのも事実です。

相手に何かを求めるのではなく、まず、自分がどれだけ、心と体を統一し、怒りと憎しみと恨みを和らげ、感謝の思いとともに、内面の調和と喜びを育てたのかを、問わなければならないと思います。

より謙虚に、より努力して、より感謝の心で生活していきたいです。

だれでも、健康で祝福された結婚生活と家庭をつくるチャンスがあり、そうなっていく本質があるのだと思います。

わが家も、私自身も、がんばります!

★--------★--------★--------★--------★-------

*今日も読んでくださり、ありがとうございます!*
↓よろしければ応援クリックお願いします
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 宗教へ
にほんブログ村

★--------★--------★--------★--------★--------
posted by はっぴー at 00:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 天和堂 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。